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大阪高等裁判所 昭和27年(ネ)15号 判決 1954年2月20日

控訴人(被告) 石井アサ 外一名

被控訴人(原告) 大日本紡績株式会社

(原審) 大阪地方岸和田支部昭和二六年(ワ)第七号(参考資料―本例集一六三頁参照)

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

(一)  当事者双方の申立

控訴人両名訴訟代理人は、原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。との判決を求め、被控訴会社訴訟代理人は、本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。との判決を求めた。

(二)  当事者双方の主張

当事者双方の陳述した主張の要旨は、左記附加するところの外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

即ち双方が当審で附加するところは、控訴代理人においては「(イ)被控訴会社が控訴人両名に対してなした本件解雇の意思表示は、労働協約第二一条第一項第三号によるものではなく、同協約と別個の緊急人員整理要綱に基く解雇基準に従いなされたものであるから、右は労働協約に違反し無効である。(ロ)右労働協約第二一条第一項第三号に所謂已むを得ない業務上の都合によるときは会社の業務の都合を云うのであつて、企業防衛の見地等はこれを含まないことその文理上明かであるのみならず、企業に対する現実の侵害又は破壊的行為をする従業員については同協約第三二条乃至第三五条に具体的に規定しているのであるから、被控訴人主張の如き解雇基準は同条項によるべく、本件は右第二一条第一項第三号に該当しない。(ハ)被控訴人主張の解雇基準は共産主義的活動に関連を持つものであることを前提としており、かかる前提のないものは、事業の社会的使命に自覚を欠きその他被控訴人主張の如き解雇事由各号の事実があつたとしても解雇せられないとしている如くであつて、換言すれば共産主義的活動に関連を持つこと自体が解雇理由とせられているが、これは正に反共フアシズム理論に基くものに外ならず、右の労働協約第二一条第一項第三号がかかる解雇基準をも含むものと解することは許されない。仮にしからずとするも、右は労働基準法第三条憲法第一四条に違反し無効である。(ニ)各人の自由平等は無制限に認めることが公共の福祉に適合する所以であつて、公共の福祉なる空白概念により基本的人権を種々制限するのは警察国家的考え方である。何人も他人の権利を侵害する権利を有しないからこの意味において自由が制限せられることは当然であるけれども、何等具体的な権利侵害を掲げずして、共産主義的活動に関連を持つことの自由を制限し得るものでない。(ホ)糸ぐるまその他の印刷物に反戦思想の鼓吹、作業能率の低下、減産運動の展開等を示唆する記事が掲載せられたため、被控訴会社従業員の作業能率を低下させ延いてはその生産阻害を来すことが一時的にあつたとしても、反戦思想の鼓吹については戦争放棄の現憲法下において何等解雇理由となるものではなく、又作業能率の低下、減産運動の展開については待遇改善のために罷業を計画宣伝実行し若しくは生理休暇を要求することは当然であつて、労働力の売手である労働者がその労働力の売買又はこれが方法について、如何に考え主張し若しくは行動するとも、憲法第二八条に保障せられた権利である。(ヘ)右印刷物の発行配布等は何れも政治活動乃至正当な組合活動であつて、これを解雇理由とすることは、憲法第二八条第一四条労働基準法第三条労働組合法第七条第一号により許されない。(ト)特に雑誌働く婦人中の職場よもやま座談会における控訴人石井アサの発言は、被控訴会社の誹謗ではなく、職場改良のためその前提として現実を発表したのに過ぎないから、これを解雇理由とするのは、言論の自由を侵害するものである。」被控訴代理人においては「本件解雇直前の客観的情勢は、昭和二十五年五月三日連合国最高司令官の声明に続き日本共産党幹部の追放を指令し、その後同年八月下旬迄に公共的事業より左翼分子の排除が順次に実施せられたのであつて、被控訴会社に関しては、控訴人等を中心とする日共党日紡貝塚細胞の存在により共産主義的活動の指導的役割が演ぜられて、会社施策の虚偽報道、従業員に対する悪質な煽動、工場の業務運営に対する種々の妨害行為等として現われこれを放任し得ない状態に至つたのである。そして労働協約第二一条第一項第三号は会社の業務運営上解雇が已むを得ないと認め得る場合のみならず、従業員が業務阻害又は非協力行為等の義務違反をするため、職場規律が弛緩して効率低下し事業運営に不安を来すが如き虞があつて、その従業員を企業内に止めて置くことが、業務運営上障害となる場合をも含むものと解せられ、なお本件解雇は組合においても諒承したのであるから、労働協約に何等違反するものでなく、又被控訴会社は同協約第三二条乃至第三五条の懲戒基準によらなければならぬ制約を受ける筋合でない。」と云うのである。

(三)  立証<省略>

理由

第一、当事者間に争いのない事実

被控訴会社が、各種繊維の紡績、織布、加工及び販売並にこれに関連する事業を経営することを目的とする株式会社であること。その従業員は一部の非組合員を除き殆んど全部が、大日本紡績労働組合なる単一組合を組織し、各工場事業場毎にその支部が設けられていること。控訴人両名が、何れも被控訴会社貝塚工場の従業員であつて、前示組合の組合員であること。並に控訴人両名が、共に日本共産党阪南地区委員会日紡貝塚細胞の構成員であることは、当事者間に争いがない。

第二、控訴人両名解雇の経過

そして成立に争いない甲第一号証(昭和二十四年九月十七日附労働協約、但し原審証人浜田衞の証言によりその成立が認められる甲第八号証を以て右協約は昭和二十五年十二月十六日迄効力延長を協定せられている)右証言により何れもその成立が認められる同第二号証(被控訴会社より組合長宛の中央労資協議会開催申入書)同第三号証(被控訴会社の緊急人員整理実施要綱)同第五号証の一、二、(被控訴会社より控訴人両名宛の解雇通知書)及び原審証人塩塚忠義(当時の被控訴会社貝塚工場長)同飛弾憲一(当時の同工場労務長)当審証人伊藤槐三(当時の本社人事部長代理)原審並に当審証人浜田衞(当時の本社労働課長)の各証言を綜合すれば、被控訴会社は、紡績事業が我国の国民経済再建の重大使命を帯びる基幹産業であつて、国の運営の如何は我国社会公共の安寧福祉に重大な影響を与えるものであるから、経営者として同事業の健全な発展のため大なる社会的責務を有するにより、更にその正常な業務運営の維持確保を図るべしとの見解の下に、被控訴会社の機能を損壊してその使命の遂行を阻害し又はその虞あるが如き従業員を排除することを決意し、これ等の従業員を被控訴会社と前示労働組合との間に締結せられている労働協約第二一条(解雇基準)第一項第三号「已むを得ない業務上の都合によるとき」によつて解雇することとしたが、その実施基準として緊急人員整理要綱なるものを策定し「共産主義的活動に関連を持つものであつて(1)事業の社会的使命に自覚を欠く者(2)円滑な業務の運営に支障を及ぼす者(3)常に煽動的言動をなし他の従業員に悪影響を及ぼす者(4)右各号の虞ある者」を被解雇該当者とすることに決定した上、被控訴会社の各工場事業場を通じてこの整理の対象となる従業員につき夫々具体的事実を調査した結果、控訴人両名その他十数名を右被解雇該当者と断定し、先ず昭和二十五年十一月四日前示組合に対して緊急人員整理の件に関し中央労資協議会開催方を申入れ、次で同月七日右協議会において前記緊急人員整理の趣旨を開示して右解雇基準に該当すると云う控訴人両名を含む十五名の解雇について協議したところ、同月十四日に至り同協議会も控訴人両名等十二、三名に限りその解雇を諒承するに至つたこと。これより先き被控訴会社貝塚工場長は、右中央労資協議会開催の当日前示組合貝塚支部に対しても控訴人両名解雇の通知をした上、翌日である昭和二十五年十一月八日控訴人両名に対し各別に、前示緊急人員整理の趣旨によつて同月十四日迄に任意退職すべきことを勧告し、若し任意退職をしないときは同月十五日附を以て解雇すべく、予告手当を含む退職金を受領すべき旨を告知したが、控訴人等は何れも右の所定日迄に任意退職をしなかつたため、被控訴会社は同告知に従い同月十五日控訴人両名に対し夫々同日到達の書留内容証明郵便を以て労働協約第二一条第一項第三号による解雇通知を発送し、且つ同工場内の掲示場にその旨を掲示公告したが、控訴人等は右退職金を受領に来らず、よつて被控訴会社は翌十六日大阪法務局岸和田支局に、控訴人石井アサのため金三万九千七百十五円を、控訴人平沢一美のため金二万千五百五十四円を夫々弁済供託したことの各事実を認めることができ、他に右認定を妨げる証拠はない。

第三、右解雇基準に該当するとせられる控訴人両名の各行為

よつて控訴人両名について、前示解雇基準に該当するとせられる被控訴人主張の如き各事実の有無に関し検討するのに、前掲証人塩塚忠美、同飛弾憲一及び原審証人安達寿(当時の被控訴会社貝塚工場労務係)同尾堂透(同上)の各証言に、成立に争いない甲第九号証(雑誌働く婦人)並に何れも原本の存在につき争いなくそして成立に争いない同第十一号証(伝単)の三、五乃至九、一一乃至一六及び右証人飛騨憲一の証言によりその成立が認められる同号証の四、二三、四五を参酌綜合すれば、

(一)  控訴人石井アサは、(イ)日本共産党日紡貝塚細胞名義の印刷物「糸ぐるま」の前発行責任者であつて、これを被控訴会社に無断で、後記平沢一美と共に、被控訴会社貝塚工場の社宅前及びその附近等において、毎週一回位の割合を以て自ら配布し、又は他の者に配布させ、(ロ)右「糸ぐるま」が発行停止処分を受けるや、直ちにその後継紙として、日共党阪南地区委員会又は同党日紡貝塚細胞名義の印刷物「綿の花」「せんいニユース」「糸つなぎ」「スピンドル」その他の伝単を、前同様順次に自ら配布し又は他の者に配布させ、(ハ)常に被控訴会社貝塚工場の寄宿舍内に、無断で、日共党機関紙の「アカハタ」又は「ウイークリー」等を持込み、他の従業員にその閲読を勧誘してこれを配布若くは取次ぎ販売し、(ニ)昭和二十三年八月頃雑誌「働く婦人」の職場よもやま座談会に出席して、被控訴会社に関し暴露的発言した。

(二)  控訴人平沢一美は、(イ)前示印刷物「糸ぐるま」の発行責任者であつて、これを被控訴会社に無断で、前記石井アサと共に、被控訴会社貝塚工場の社宅前及びその附近等において毎週一回位の割合を以て、自ら配布し又は他の者に配布させ、(ロ)右「糸ぐるま」が発行停止処分を受けるや直ちにその後継紙として、前示印刷物「綿の花」「せんいニユース」「糸つなぎ」「スピンドル」その他の伝単を、前同様順次に自ら配布し又は他の者に配布させ、(ハ)常に被控訴会社貝塚工場の寄宿舍内に、無断で、前示「アカハタ」又は「ウイークリー」等を持込み、他の従業員にその閲読を勧誘してこれを配布若くは取次ぎ販売し、(ニ)昭和二十五年十一月初その職場である連篠機の掃除に際し、従来は一台につき五名を以てなされていたが当日偶々同控訴人所属の組の一名が欠勤したため、臨時四名にて作業すべきことを命ぜられるや、他の従業員を煽動してその就業を拒否した各事実を認めることができる。(右印刷物が昭和二十五年六月二十六日附及び七月十八日附連合国最高司令官より内閣総理大臣宛の指令に基き、当時の法務府特別審査局によつて、「アカハタ」は昭和二十五年六月二十六日、「ウイークリー」は九月十三日に、又「糸ぐるま」は同年七月十七日「綿の花」は八月二十五日「糸つなぎ」は翌二十六年三月二十六日に夫々発刊停止処分の執行を受けたことは、当裁判所に顕著な事実である。)

ところで右(一)(二)の各(イ)(ロ)における配布印刷物の一部の内容を見るのに、「糸ぐるま」昭和二十四年十一月六日附及び同二十五年七月十五日附には、生理休暇を与えず、労働強化は戦争の基等(甲第十一号証の四五、一六)、「綿の花」昭和二十五年七月二十三日附及び同月三十日附には、労働組合特にその幹部の裏切りを攻撃して控訴人両名を組合の統制違反として処分せるを論難、きつい仕事は戦争の基、又は食事を攻撃して外米だらけもみがらやごみだらけ等(同号証の一三、一二)、「せんいニユース」同年三日附、同月二十二日附及び同月二十八日附には、廻し運転休日出勤残業の拒否勧誘、居残り早出は馬鹿らしい、戦争に捲込む生産の反対、黙つていたら会社の云うなり、戦争に捲込まれる、市民税の支払拒否等(同号証の一一、九、八)、「糸つなぎ」同年十月六日附、同月二十二日附及び同月二十九日附には特需の反対、一ケ月五十時間以上の残業、食事を攻撃してみみずのせんじ汁、撚糸機械の徹夜運転又は労働組合役員の攻撃等(同号証の五、四、三)、「スピンドル」同年十一月五日附には、戦争のための安い給料高い税金の反対、連篠機の四人掃除を拒否等(同号証の二三)の各記事が掲載せられていること。又右(一)の(二)座談会における暴露的発言の内容を見るのに、控訴人石井アサは、雑誌「働く婦人」の新版女工哀史と称する「職場よもやま座談会」に被控訴会社の女子従業員として出席し、他会社又は他官庁の従業員十数名の面前において「日紡の場合などは全く人間的でなく動物園みたいであつて女性であるための悲しみと怒りが満ち満ちている、紡績と云うところは九〇パーセントが女であるため男子従業員の気に入ることが直接利害関係に結びつき、工場なんかでも男が糸や布地を呉れその代りにちよつとお尻や乳にさわらせてくれと云うのが日常の挨拶になつている、そして綺麗な人には楽な職場が当てがわれ、きりようの悪い人は給料も悪くよい職場にやられない、工場から事務に拔てきされるのは一つの出世であるがその時にきりようが問題となる」等(甲第九号証)の発言をしたこと明かである。

しかるにこれを、前掲証人塩塚忠美、同飛弾憲一、同安達寿、同尾堂透、及び原審証人武田芳子(当時の被控訴会社貝塚工場工員)同牧田アヤ子(同上)同大熊躬一郎(同工場従業員)当審証人中村耕造(当時の本社労働課長代理)原審並に当審証人西川恒行(当時の組合貝塚支部長)の各証言に照せば、前示印刷物の各記事は、虚偽又は事実を歪曲し若くは著しく誇張して針小棒大になされており、特に控訴人石井アサの前示座談会における発言は、真実に反し誇大になされ甚しく侮辱的であるため、当時他の従業員が憤慨してこれを究問した結果、同控訴人もその一、二点を取消した経緯にあること。紡績事業の性質上若年で思慮未熟の女子工員多数を擁する被控訴会社貝塚工場においては、控訴人両名の配布した前示の如き印刷物のため、これ等工員に精神的動搖を与え、記事の真否を質問する者又は殊更に生理休暇を申出る者等続出して、作業能率にも支障を来すに至つたこと。並に前示労働組合貝塚支部においては、組合鬪争は団結以外に方法なしとの建前より、昭和二十四年十一月頃組合の情報宣伝活動を特定者のみに限定する決議をしたのに拘らず、控訴人両名は従前通り組合を離れて別個の行動を執り組合の統制を紊るため、同二十五年六月頃支部委員会においてその対策を協議し、支部総会においては控訴人等に対し組合員としての権利停止を決議して、その後組合中央委員会もこれを確認したことを窺うに十分である。尤も控訴人等は、右記事又は発言は真実であつて何等虚構でなく、解雇基準に該当する行為はないと主張するが、この点に関する原審並に当審における控訴人石井アサ本人の供述部分は前掲各証拠に対照し容易に信用し難いところであつて、乙第一号証乃至第三号証(控訴人等に対する建造物侵入等被告事件の第一審刑事公判調書及び判決書)によつても右認定を左右するに足らない、その他何等の反証もないのであるから、控訴人等の前記主張は理由がないのみならず、前掲甲第一号証により明かである如く、前示労働協約第九条(掲示印刷物の取扱)後段には「組合は所定の場所以外を利用して会社施設内において掲示し若くは印刷物の貼付撒布を行う場合は予め会社の承認を得る」、又同第三五条(懲戒解雇基準)第一項第一三号には「予め会社の諒解なくして工場又は工場附属建物に伝単を示し又は撒布した組合員は懲戒解雇の処分を受ける」と規定して、印刷物の無断配布を禁止しているのであつて、かかる労働協約の規定は後記説明の如くこれを違法と解すべき謂れがないことを参酌して考察すれば、控訴人石井アサの前示(一)の(イ)(ロ)及び(ニ)控訴人平沢一美の前示(二)の(イ)、(ロ)の各行為は、夫々これを綜合して見るとき、虚偽又は歪曲誇張の事実を反覆強調して被控訴会社を排謗し、その女子従業員多数の不平憎悪を誘発して動搖せしめる方法により、作業意欲の減退延いては作業能率の低下を企図し、その結果不当に被控訴会社の生産を阻害し又はその危険を生ぜしめるものと断定せざるを得ないのであつて、右は即ち前示緊急人員整理要綱に所謂「円滑な業務の運営に支障を及ぼし、常に煽動的言動をなして他の従業員に悪影響を及ぼす者又はその虞ある者」に該当すると云う外はない。

なお被控訴人は、控訴人両名が日共党員として党運動に参加し又は被控訴会社貝塚工場内において党勢力の拡大強化に狂奔し、反戦思想を鼓吹して減産運動の方針を協議し、或は作業中退多くて生産に非協力であるのみならず夜間は門限後に再三帰寮して寄宿舍規則に違反したと主張するけれども、その適確な証拠がないのであるから、かかる行為自体の適否について判断を加える迄もなく、右は当裁判所の採用しないところである。

ところで控訴人等は、被控訴会社の前示解雇は不当又は違法であつて無効である旨抗争するから、以下順次にこれを判断する。

第四、本件解雇は憲法違反との控訴人等の抗弁について

(イ)  控訴人等は、被控訴会社が解雇基準とした前記人員整理要綱は「共産主義的活動に関連を持つもの」を前提としてこれ自体を解雇理由とし、且つ控訴人両名が日共党員であることを解雇の真因としているから、かかる解雇基準及びこれによる本件解雇は憲法第一四条労働基準法第三条に違反し無効であると主張する。日本国憲法第三章下の第一〇条乃至第四〇条に規定する国民の自由及び権利は、国家又は公共団体に対するものであつて、国家又は公共団体は国民に対し、その自由及び権利を、立法その他の国務に関する行為によつても、不当に制限抑圧し得ないとする趣旨であること、その沿革並に解釈上疑いのないところであるから、個人相互の私法関係における意思表示又は法律行為については、憲法が直接関与するのではなくして、憲法の右各条を承ける民法第九〇条に所謂「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗」により、或は違憲立法とせられない法律即ち労資間においては労働基準法第三条等により、その適否を律せらるべきものと解するところ、本件解雇当時の社会状勢としては、昭和二十五年五月三日附連合国最高司令官の声明により近時日本共産党は国際的連携の下に日本の社会秩序の破壊を企図しそのため煽動その他破壊的行為を執つていることが指摘せられ、同年六月六日附同司令官の内閣総理大臣宛指令を以て同日同党幹部が又翌七日その機関紙首脳部が夫々公職より追放せられ、次で同年七月二十八日には報道事業八月二十六日には電気産業事業十一月二日には一部公務員より左翼分子の排除が発表実施せられるに至つたこと公知の事実であるけれども、元来労基法第三条は、使用者が労働者の信条即ち宗教的思想的或は政治的信念を理由とし解雇を含む労働条件について差別的取扱をするのを禁止し、且つは憲法第一四条が法の下に国民の平等を保障する趣旨より見れば、現在日共党が合法政党としてその存続を公認せられている以上、単に同党員又はその同調者であることの一事のみを以て直にこれを解雇するのは正当でない。しかし右の各法条は、その信条に基く行為によつて、労働者が不当にその職場規律を紊乱し、労働能率を低下し又は作業を阻害して、他人の権利を侵害すること迄も許容するものでなく、かかる場合に使用者がこの労働者に対し相当の限度において解雇その他所定の制裁を加え不利益な取扱をなし得ることは、社会の共同生活を確保し個人の利益を保護する上に当然の事理であつて、右は所謂基本的人権乃至個人の尊厳に何等反するものでない。本件においては、上記認定の如く、被控訴会社の解雇基準である前示人員整理要綱は日共党員又はその同調者であること自体を以て解雇理由としたのではなく、共産主義的活動が破壊運動であるとの見地に立ち、同要綱の列挙する前記(1)乃至(4)各号を決定的事由としてこれに該当する具体的の行為若くは外形事実の存否を究明せんとしたものであつて、控訴人両名には夫々これに該当する上記認定の如き不当に被控訴会社の生産を阻止し若くはその危険を生ぜしめた事実が存在するのみならず、被控訴会社としてはその際「共産主義的活動に関連を持つ」従業員全部を摘出解雇したのでなく、現に当初は十五名を被解雇該当者に指名したが、労働組合と協議の結果その内控訴人両名を含む合計十二、三名に限りこれを解雇するに至つているのであるから、前示解雇基準、及びこれによる本件解雇は何等憲法第一四条労基法第三条に違反しない。

(ロ)  又控訴人等は、各人の自由平等は、これを無制限に認めることが公共の福祉に適合する所以であつて、公共の福祉なる空白概念により基本的人権を種々制限することは許されないところであるから、何等具体的な権利侵害を掲げずして「共産主義的活動に関連を持つこと」の自由を制限し得ないと主張するけれども、個人は社会を構成して共同生活を営むものであるから、各人の自由を最大限に尊重することは勿論としても、その自由又はこれによる行動が社会の共同生活に抵触して国家の保護する社会の秩序又は他人の利益を侵害するに至れば、少くともその限度において抑制せらるべきは当然であつて、この抑制の限度は、これを権利の濫用若くは公共の福祉と云うも単なる概念自体を適用するのでなく、各場合具体的事実に基く妥当な判断によりこれを決定しなければならないのであるが、本件においては、上記認定の如く、被控訴会社はその従業員である控訴人両名の行為により生産の阻害又はその危険に立至つたのであるところ、被控訴会社としては自己を防禦する利益を有しこれを侵害する者を排除し得る筋合であつて、徒らにかかる侵害行為を忍受傍観すべき義務はないのであるから、被控訴会社の本件解雇を以て控訴人等主張の如き自由を不当に制限したものと云えない。

(ハ)  控訴人等は、前示印刷物の発行配布は政治活動乃至組合活動であつて基本的人権であるから、これを解雇理由とするのは憲法第二八条労働組合法第七条第一号等に違反し無効であると主張する。しかし控訴人両名の印刷物発行配布が憲法第二一条に規定する思想表現の自由であつて、この自由に由来する政治活動として基本的人権に属するとしても、かかる自由の行使も権利の濫用に亘り公共の福祉に反し得ないのみならず、元来公法上の特別権力関係におけると同じく、私法上においても、自己の意思決定に基き、労働契約を締結して特定の労資関係に立入つた以上、右の自由は同契約より生ずる義務の相当な限度に従い自ら制限を受けることあるは、これを否定し得ないところである。本件においては、上記認定の如く、控訴人両名は被控訴会社の従業員となりその労働組合に所属しているのであるから、被控訴会社を誹謗し他の従業員を煽動してその生産を阻害することは許されない筋合であるのみならず、前示労働協約は組合員に対し工場又は附属建物における印刷物の無断配布を禁止しており、この禁止は他に別段の事情がない限り職場規律の維持上従業員の服務義務に附随する範囲であつて、不当と認められないから、これに反する控訴人等の前示行為は正当な政治活動として是認できない。又右行為を正当な組合活動として認容し難いことも後段(ニ)に説明する通りであるから、かかる解雇理由に基く本件解雇は何等憲法第二一条第二八条等に違反しない。

(ニ)  次に控訴人等は、印刷物の配布により作業能率の低下減産運動の展開等を示唆したとしても、待遇改善のために罷業を計画宣伝実行し若くは生理休暇を要求することは当然であつて、労働力の売手である労働者がその労働力の売買又はこれが方法につき如何に考え主張し行動するとも、憲法第二八条に保障せられた権利であると主張する。しかし憲法第二八条は、勤労者の団結権、団体交渉及び団体行動権を規定するものであつて、勤労者が使用者と実質上対等の地位に立ち、労働条件の維持改善を図らんがために団体を組織し、かかる団体として使用者と交渉するのであるが、この団体交渉を勤労者の有利に運ばんがため同盟罷業等の団体行動に出ることを、国家において保障する趣旨であるから、右は団体を無視した勤労者個人の恣意による如何なる言動をも保護すると云うものではない。従つて労働者が労働組合を結成しこれに所属する以上、その統制に服し、これを通じて経営者と経済上の交渉をなすべく、これがため特に経営者に対しては、労働組合法第七条等により組合に干渉し組合員に不利益な取扱をしそしてその代表者との団体交渉を拒否することを禁じているのであるけれども、組合員である労働者が、組合を離れ別個に経営者を誹謗侮辱し他の従業員を煽動する方法により作業意欲の減退延いては生産の阻害を企図するのは、憲法第二八条に所謂団体交渉権の範囲を逸脱しており、労組法第七条第一号に所謂正当な組合活動と解することができない。本件においては、上記認定の如く、控訴人両名は前示労働組合の統制違反として処分を受けるや、組合幹部を痛撃して引続き分派行動を執り、虚偽と歪曲誇張の事実を宣伝する印刷物の発行配布をして、執拗に被控訴会社に対する悪意と僧悪の展開を繰返し、経済的要求に藉口して被控訴会社の生産を阻害又はその危険を生ぜしめたのであるから、控訴人等の前示行為は組合活動と何等関係がないものと断ずる外なく、これを以て単に被控訴会社の経営管理方針を批判した程度と見ることはできない。労働力の売手である労働者がその労働条件について自己の利益を企図することは固より当然の事理であつて、これを正当な方法により実現せんとするのに対しては十分の配慮と保護が与えらるべきであるけれども、不当違法な手段に訴えて強行するが如きは許されないところであるから、到底正当な組合活動とは認められず、憲法第二八条労基法第三条労組法第七条第一号の保障外であると云わなければならない。

(ホ)  更に控訴人等は、雑誌「働く婦人」の座談会における控訴人石井アサの前示発言は、職場改良のためであるから、これを解雇理由とするのは言論の自由を侵害するものであると主張するが、憲法第二一条による思想表現の自由は、前段(ハ)に説明する如く、無制限に如何なる内容の表現をするも放任せられると云うのでなく、虚偽又は歪曲誇張の事実を発表して他人を誹謗し、その名誉信用を毀損するときはその保障の限りではないのであつて、その他人に対し責を負うべきこと勿論である。本件においては、同控訴人は多数人の面前において上記認定の如き発言をしたのであるが、その内容自体が虚偽又は歪曲誇張せられたものであつて、被控訴会社の信用体面を著しく損傷し、その従業員を甚しく侮辱したものであるから、当時同控訴人が職場改良の目的を以て発言したとしても、所謂言論の自由を援用してその責任を免れることは許されず、これを解雇理由とした本件解雇は何等憲法第二一条に違反しない。

以上控訴人等の憲法違反に関する各抗弁は、何れも理由なく認容し難い。

第五、本件解雇は労働協約違反との控訴人等の抗弁について

(イ)  控訴人等は、本件解雇は労働協約によらず、これと別個の緊急人員整理要綱に基く解雇基準に従いなされたものであるから、労働協約に違反し不当解雇として無効であると主張し、被控訴会社はその従業員の組織する労働組合との間に労働協約を締結しているのであるから、従業員を解雇するにつき右協約に従うべき義務あること勿論であるが、前掲甲第一号証、同第三号証、同第五号証の一、二及び証人、浜田衞、同中村耕造の各証言に徴すれば、被控訴会社は上記認定の如き経緯により緊急人員整理要綱並にその細目十四項を設定し、各従業員についてその該当事実の有無を調査した結果、控訴人等を同該当者として指名したのであるが、右要綱は労働協約第二一条(解雇基準)第一項第三号「已むを得ない業務上の都合によるとき」の具体的内容を明示したものであつて、同協約を離れこれと別個独立の解雇基準を新設したのではなく、この要綱に該当する者は即ち協約所定の該当者に外ならず、そして本件解雇は労働協約の右条項を適用しこれに基いてなされており、組合もこれを諒承したこと明かであるから、何等労働協約によらずして解雇した違反はない。

(ロ)  又控訴人等は、右労働協約第二一条第一項第三号は同第二二条列挙の如く「事業場の縮少又は閉鎖」のため人員整理を必要とする場合に限るのであつて、被控訴会社が企業防衛の見地上必要とするとき若くは従業員が共産主義的活動に関連を持つときの如きはこれに含まない。そして企業に対する侵害又は破壊行為をなす従業員については別に同協約第三二条乃至第三五条により処分すべく、本件は右の第二一条第一項第三号に該当しないと主張する。しかし前示労働協約(甲第一号証)を見るのに、従業員の解雇については、第二一条第一項第一号乃至第四号に通常の解雇基準を列挙する外、第二三条に事業の締結不可能の場合における特別の解雇基準を、第三五条に懲戒解雇基準を規定しているのであるが、右通常の解雇基準中第二一条第一項第三号「已むを得ない業務上の都合によるとき」とは、会社側において事業の運営上真に必要已むを得ない事情を生じその都合による場合は従業員を解雇し得ると云うのであつて、この場合については特に限定せられていないから、従業員の地位を確保するためこれが濫用は厳に許されないところであるけれども、同協約第二二条による事業場の縮少閉鎖のため人員整理の必要ある場合を含むとしても、固よりこれのみに限る趣旨ではなく、又従業員が他人を煽動して不当に会社の生産を阻害し又はその危険を生ぜしめたため、会社において企業の運営上已むなくその排除を行う場合を除外するものでもないこと、その規定上明白であるから、本件において、被控訴会社が上記認定の如き各行為のあつた控訴人両名に対し、右に所謂「已むを得ない業務上の都合によるとき」に該当するとしてこれを適用したのは、別段不当でなく、単に共産主義的活動に関連を持つとの一事のみを以てなされたのでないことは前段説明の通りであるところ、本件解雇処分は、上来認定の諸般の情状に鑑みるとき、これを相当と認めざるを得ない。尤も同協約第三二条乃至第三五条には懲戒処分を規定しているが、本件はこれに該当し難いのみならず、仮にその一部が該当するとしても、解雇処分を以て相当とせられる以上、第三五条の懲戒解雇より軽きに従い第二一条の通常解雇処分に付することは、被解雇者に他の不利益を与えない限り支障がないものと解すべく、控訴人等の右主張は理由がない。

(ハ)  更に控訴人等は、本件解雇のため被控訴会社が招集した中央労資協議会はその開催につき労働協約第七八条所定の手続を履践せずしてなされたのみならず、その議決前に控訴人等に対して解雇通知がなされたのであるから、右解雇は同協約に違反し無効であると主張するが、前示労働協約第二一条第二、三項によれば、組合業務専従者及び支部常任委員以外の従業員を同条第一項第一号乃至第四号により解雇する場合には、予め組合に通知するを以て足り、組合と協議するを要しないとせられているところ、前掲甲第五号証の一、二及び証人塩塚忠美、同浜田衞、同西川垣行の各証言によれば、控訴人両名は前示組合員であるが何れも当時組合業務専従者又は貝塚支部常任委員でなかつたこと、被控訴会社は昭和二十五年十一月七日開催の中央労資協議会において控訴人等その他の解雇予定者を開示し、且つ貝塚工場長は同日貝塚支部に対しても控訴人等の解雇を通知した上、翌八日控訴人両名に対し夫々任意退職の勧告をして若し任意退職をしたいときは十五日附を以て解雇する旨通告したが、控訴人等これに応じないため、被控訴会社においては同月十五日附内容証明郵便を以て同協約第二一条第一項第三号による解雇通知をなし、翌十六日控訴人等のため各所定金額を弁済供託したこと明かであるから、被控訴会社が人員整理に関し開催した中央労資協議会に控訴人主張の如き手続上の瑕疵があり、且つその承認決議が解雇通知後になされたとしても、本件解雇は何等労働協約に違反するところはなく、その効力に消長を来すものでない。

以上控訴人等の労働協約違反に関する各抗弁は、何れも失当であつて認容できない。

第六、被控訴会社の弁済供託は過少計算のため無効との控訴人等の抗弁について

次に控訴人等は、被控訴会社が控訴人等のためなした弁済供託金は、各自の平均賃金を過少計算してなされたものであるから無効であると主張するが、この点については何等立証するところがなく、却つて原審証人飛弾憲一の証言によれば、控訴人石井アサは準社員であつて本件解雇に接着する昭和二十五年八月以降十月迄の三ケ月の実収入を暦日数で除し一日の平均賃金を金二百九十三円三十六銭、又控訴人平沢一美は工員であつて前同様の方法により一日の平均賃金を金百八十二円七十七銭を各算出し、これに基いて計算した所定の予告手当、給料三ケ月分、退職金の合計より所定の税金を控除した上共済組合脱退金を加算して、控訴人石井アサに対しては三万九千七百十五円、控訴人平沢一美に対しては二万千五百五十四円を夫々弁済供託したことが認められ、右は計数上正当とせられるから、同供託金額には何等過少計算の事実がなく、控訴人等の右抗弁も理由がない。

第七、本件各控訴に対する判断

かくて被控訴会社が昭和二十五年十一月十五日控訴人両名に対してなした本件解雇の有効であることは、以上説明の通りであるところ、控訴人石井アサが従業員として大阪府貝塚市半田百五十番地所在の被控訴会社貝塚工場女子寄宿舍藤寮第三号室に、控訴人平沢一美が前同葵寮第三号室に居住し夫々これを使用していたことは、控訴人等も争わないところであるが、成立に争いない甲第六号証(寄宿舍規則)によれば、この第一〇条を以て「解雇せられた者は一週間以内に退舍しなければならない」旨規定せられているから、控訴人等は本件解雇により爾後一週間以内に右寄宿舍より退去すべき義務あること勿論である。

よつて、本件解雇が有効であること並に控訴人両名が夫々前記寄宿舍を使用する権利のないこと明白であつて、しかも被控訴人は右法律関係の即時確定を求める利益を有するものと認められるから、被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべく、原判決は相当であつて本件各控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第八九条第九三条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 三吉信隆 萩原潤三 小野田常太郎)

〔参考資料〕

解雇確認等請求事件

(大阪地方岸和田支部昭和二六年(ワ)第七号昭和二六年一一月一九日判決)

原告 大日本紡績株式会社

被告 石井アサ外一名

主文

原告が昭和二十五年十一月十五日被告両名に対してした解雇の有効であることを確認する。

被告一美が貝塚市半田百五十番地原告会社貝塚工場女子寄宿舍葵寮第三号室を、同アサが同藤寮第三号室を夫夫使用する権利のないことを確認する

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一項乃至第三項同旨の判決を求め、その請求の原因として、原告は各種繊維の紡績、織布、加工及び販売並にこれに関連する事業を経営することを目的とする資本金十億五千万円の株式会社であつて、全国に二十五箇の工場事業場を有し、約三万名の従業員を擁しているものであり、その従業員は一部の非組合員を除き殆んど全部が「大日本紡績労働組合」なる単一組合を組織し、各工場事業場毎にその支部が設けられている。而して、被告一美は昭和二十三年三月二十八日に原告会社貝塚工場に工員として入社し、粗紡部に勤務し貝塚市半田百五十番地所在の原告会社貝塚工場女子寄宿舍葵寮第三号室に入寮して居り、同アサは昭和二十二年八月一日原告会社貝塚工場に栄養士として入社し、ミシン室に勤務し、前示寄宿舍藤寮第三号室に入寮し、共に前示組合の組合員である。抑も紡績事業は本邦経済再建の重大使命を帯びる基幹産業でありその運営の如何は我国社会公共の安寧福祉に重大な影響を与えるものであるから、原告は現時の客観状勢の変化に伴い一段と本事業の正常な運営を図るため、原告会社の機能を損壊しその使命の遂行を阻害し又はその虞ある如き従業員を排除するのは企業防衞上已むを得ないものと考え、これ等の者を原告会社と前示労働組合との間に締結されている労働協約第二十一条第一項第三号によつて解雇することゝした。よつて先ず、共産主義的活動に関連を持つものであつて(イ)事業の社会的使命に自覚を欠く者(ロ)円滑な業務の運営に支障を及ぼす者(ハ)常に煽動的言動をなし他の従業員に悪影響を及ぼす者(ニ)右各号の虞ある者を被解雇該当者とすることの基準を定め、整理対象従業員について具体的事実を検討したところ、

被告一美は、日本共産党阪南地区委員会日本紡績貝塚細胞の構成員であつて、

(一) 入社以来活溌に党活動をし、日本共産党員並に同調者獲得に奔走し、工場内外の諸会合、寄宿舍自治会又は読書会等に於て党勢力の拡大強化に努め従業員を誘引していた。

(二) 昭和二十五年九月十七日発刊停止処分を受けた日本共産党貝塚細胞機関紙「糸ぐるま」及び日本共産党阪南地区委員会の名義による伝単の発行責任者であつて、同二十三年六月以降毎週一回位の割合で社宅門前及びその附近に於て反戦思想の鼓吹延いては作業能率の低下、減産運動を目的とする伝単を自ら配布し、又は外部党員にこれを配布させた。

(三) 前示「系ぐるま」発行停止後は題名を「綿の花」と変更して発行配布して虚偽の事実を報道し、煽動的言辞により他の従業員に悪影響を及ぼし、原告会社の円滑な業務運営に支障を来たさせた。

(四) 常に寄宿舍内に日本共産党の機関紙である「アカハタ」及び「ウイークリー」等を持込み配布し、従業員にその閲覧を勧めていた。

(五) 昭和二十五年九月頃連篠機保全工をしていたとき他の者に仕事をするなと煽動した。

(六) 同年五月頃から平均一箇月三回位の中退をして生産に非協力であつた。

(七) 同年六月一日以降十数回に亘り午後十時の門限に遅れて帰寮し、寮生に多大の迷惑をかけると共に寄宿舍規則に違反した。

被告アサは、日本共産党阪南地区委員会貝塚細胞構成員であつて、

(一) 前示「糸ぐるま」の発行責任者として活躍したのみならず、自らこれを配布した。

(二) 昭和二十二年九月日本共産党員五名が前示組合から除名された以後積極的に党員並に同調者の穫得に狂奔していた。

(三) 常に工場寄宿舍に「アカハタ」及び「ウイークリー」等を持込み配布し購読者の拡張に努めた。

(四) 昭和二十五年七月一日以降数回に亘り貝塚市味村方に於て被告一美と共に細胞会を開催し反戦思想の鼓吹延いては減産運動方針等を協議した。

(五) 同年十月十八日男子寄宿舍で日本共産党阪南地区委員会の宣伝資料を配付した。

(六) 同二十三年「職場よもやま座談会」に出席し、悪意と虚偽に満ちた言辞を以て原告会社を誹謗しその信用体面を著るしく傷つけ、円滑な会社業務の運営に支障を来さしめた。

(七) 同二十五年六月一日以降数回に亘り午後十時の門限に遅れて帰寮し、寮生に多大の迷惑をかけると共に寄宿舍規則に違反した。

等の事実があつたことが判明したので、右は前示解雇基準に該当するものと認め、被告両名を解雇することゝした。よつて、昭和二十五年十一月四日前示組合に対し緊急人員整理の件に関し中央労資協議会開催方を申入れ同月七日右協議会に於て緊急人員整理の趣旨を開示し前示解雇基準に該当する被告両名外十三名の解雇につき協議し、同月十四日右協議会に於てもこれを諒とするに至つた。これより先原告会社貝塚工場長は同年十一月八日被告等に対し前示緊急人員整理の趣旨により同月十四日迄に任意退職すべきことを勧告し、若し任意退職をしないときは同月十五日附で解雇するから予告手当を含む退職金を受領に来られたい旨を告知した。ところが、被告等は同月十四日迄に任意退職をしなかつたので、右告示に従い同月十五日被告等に対し書留内容証明郵便で解雇通知を発送し、該書面は同日被告等に到達したが、被告等は予告手当を含む退職金を受領に来なかつた。そこで、原告は同月十六日大阪法務局岸和田支局で被告アサに対し、予告手当金八千八百一円、給料三箇月分金二万六千四百三円、退職金七千七十四円合計金四万二千二百七十八円から税金控除金四千三百三十二円を控除した上更に共済組合脱退金千七百六十九円を合算した金三万九千七百十五円を、被告一美に対し、予告手当金五千四百八十三円、給料三箇月分金一万四千二百五十六円、退職金二千五百七十二円合計金二万二千三百十一円から税金控除金千三百九十九円を控除した上更に共済組合脱退金六百四十二円を合算した金二万千五百五十四円を夫々弁済供託した。よつて、被告等は昭和二十五年十一月十五日を以て原告会社の従業員である身分を喪失したものである。而して、原告会社の寄宿舎規則によれば、従業員が解雇されたときは一週間内に退寮すべきことになつているので、被告等は所定時間後は前示寄宿舎を使用する権利を失つたものである。然るに、被告等は右解雇の効力の争うので、原告が被告等に対してした右解雇の有効であること及び前示寄宿舎の使用権のないことの確認を求めるため本訴に及んだ次第であると陳述し、被告等の抗弁を否認し、なお、原告が被告等の解雇については中央労資協議会の協議に基いてしたものでなく、元来本件解雇は中央労資協議会の協議を経ることを要しなかつたが、事案が重大であつたため慎重を期して特に右協議会の協議を経たにすぎないものである旨陳述した。(証拠省略)

被告等及び被告等訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、答弁として、原告会社がその主張のような会社であること、原告会社の従業員がその主張のような労働組合を組織していること、被告両名が共に原告会社貝塚工場の従業員であつて、前示組合の組合員であること及び被告両名が共に日本共産党阪南地区委員会日本紡績貝塚細胞構成員であることはこれを認めるが、爾余の事実はこれを争う。被告等には原告挙示のような解雇基準に該当する事実がない。又原告主張の「糸ぐるま」や「働く婦人の座談会」に掲載されている記事は真実であつて何等の虚構はない。若し仮りに被告等に原告挙示のような解雇基準に該当するような事実があつたとしても、本件解雇は次の理由によつて無効である。即ち、(一)原告は被告等を労働協約第二十一条第一項第三号の「已むを得ない業務上の都合によるとき」なる解雇基準に基いて解雇したと主張するが、右に所謂「已むを得ない業務上の都合」とは同協約第二十二条に列挙されているように「事業場の縮少又は閉鎖」のため人員整理を必要とするときに限るべきものであるから右に該当しない本件解雇は無効である。(二)原告は被告等の解雇について中央労資協議会の協議に附した旨主張するが、労働協約第七十八条によれば、右協議会を開催するには所定期日前に所定事項を文書を以て相手方に通告すべきことになつているのにかゝわらず、何等この手続を履践しないで開催したものであるのみならず、原告の主張自体でも明瞭であるように、被告等に対する解雇の告知は昭和二十五年十一月八日になされているが右協議会の協議はその後になされているのであるから、本件解雇は右労働協約に違反し無効である。(三)又原告は本件解雇に際して被告等に対し労働基準法第二十条による前示金額を弁済供託した旨主張しているが、その平均賃金を過少に計算して供託したものであるから解雇は効力を生じない。(四)なお、仮に被告等が日本共産党の勢力拡張に奔走したとしても、それは政治的活動であつて、政治活動は各個人に認められた基本的人権である。しかるに、原告の挙示する解雇基準は「共産主義的活動に関連を持つ者」であることを前提としているところから見て、被告等が日本共産党員であることが明かに解雇の真因をなしているものであるから、本件解雇は労働基準法第三条、日本国憲法第十四条に違反し不当解雇である。と陳述した。(証拠省略)

理  由(略)

(大阪地方岸和田支部――裁判官 坪井三郎)

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